家で集中できない理由, 自分の部屋で勉強する習慣を確立するまでの実践記

家で集中できない―

テストを控えている学生、家で仕事や創作を進めている作家、クリエイター、フリーランスワーカー共通の悩みだ。

家で集中できないから、カフェに勉強や仕事を持ち込んで仕事してしまう。「図書館で勉強すればいいのでは」と思うけれども、図書館はなんだか眠くなる。

以前の僕は、カフェでしか勉強できなかった。これだと、カフェ代はかさむし、カフェが混んでいる時はマナー的によろしくない。

家で集中する方法について考えて、実践した過程を書いていきます。

家で集中できてたら、もっと上に行けてたと思う人生

どうして、家だったら勉強や仕事が捗らないんだろう?

なんで自分の部屋で1日勉強しようと決意しても,気づいたら 昼寝して一日が終わってしまうのか?

僕自身、家で集中できないタイプの人間だ。

このページを書いている時点の自分は大学生だけれども、自分自身これまで、家で集中して物事の進捗を生み出せない人生だった。

高校受験

まずは高校受験。部活(サッカー部)を引退した後、家にいる時間が長くなったけれども、結局家でだらだらして思うように勉強に取り組めなかった。

むしろ部活をやっていた時期の方が、メリハリつけて勉強できてた気がするし、勉強量の割には成績は良かった気がする。

高校受験対策として週末は塾に通っていたけれども、塾が家から遠くて平日は塾の自習室に行く気にもならなかった。

大学受験

次にやってくるのは大学受験。

大学受験のときは塾に通っていなかったので、そもそも「塾の自習室で勉強する」という選択肢が存在しなかった。

家で集中できない自分自身の性質はある程度分かっていたので、学校の教室とか図書室、あとは公立の図書館の自習室を利用していた。

「受験生なら、夜、家に帰っても勉強に励むべし」と言われるが、やっぱり家で勉強できなかった。

放課後に図書室で勉強して、家に帰ったらもう勉強する元気はない。特に、夜ごはんを食べた後は猛烈に眠気が襲ってきて、そのままベッドに入ってしまう生活だった。

学校も図書館も空いていない日がある。

特に、入試本番を1か月後に控えた年末年始は学校も図書館も閉まっているので、家で勉強することを強いられた。

それまでの期間に「家で勉強する習慣」を全く作ってこなかったので、家で全然集中できなかった。

特に、午後に猛烈な眠気が襲ってきて、昼寝してまう。30分で昼寝をやめるつもりが、起きたらもう夕方だ、

「受験生なら、一日10時間勉強」と言われている気がするが、まるまる一日家にいて2時間くらいしか集中が持たなかった気がする。

そして、一日の終わりに襲ってくる「今日一日、何してたんだろう。ライバルはきっと、今日も勉強してたんだろうなあ」という強烈な自己嫌悪。

今思うと、この時期の追い込みが足らなかったせいで、第一志望の大学に行けなかったのだと思っている。

大学生、大人になっても家で集中できず

すべり止めで受けていた大学に入学するとともに、地方の実家を出て東京で一人暮らしを始めた。

一人暮らしとはいっても、6帖の個室スペース以外は共同利用の男子寮に住んでいた。

実家暮らしとは異なり、稼いだバイト代で自分の部屋を好きにカスタマイズして、すこしでも作業がはかどる部屋を創ろうと試みてきた。

それども、今度は別の要因で部屋で集中できなかった。

それは、男子寮の友人からの「遊びの誘い」。麻雀に呼び出されたり、飲みに呼び出されたりすることもあった。

「集中が乗ってきたなぁ、今日は頑張れそうだ」という時に限って、誰かがドアをノックして麻雀を誘いに来る。特に、先輩が相手だと断りにくい。

そんなこんなで、部屋にいると誰かが来て集中が途切れるので、大学の課題、資格の勉強、ブログのライティング、読書、プログラミング学習…などの「知的生産作業」をカフェ(スタバ)で進める習慣がついてしまった。

気づいたら、ほぼ毎日スタバに行くようになってしまった。

地方とは違って東京はスタバがたくさんあるから、その日の気分にあった店舗にふらっと行っている。

誰にも邪魔されず集中できる「自分の居場所」を求めて…

実家の自分の部屋でも、イマイチ集中できなかった。

大学のときに住んでいた男子寮も、だれにも邪魔されず自分のやりたいことを突き詰められる場所じゃなかった。

このページを書いている今は、真の一人暮らしを達成すべく住むアパート or マンションを探している。

けれども、自分だけの部屋に引っ越したとしても「集中できない言い訳」を探してしまう気がする。

「カフェや男子寮とちがって本当に自分ひとりの部屋だから、単調すぎて自分の部屋だと眠くなってしまう」とか、「隣の人の生活音がうるさくて集中できない」とか。

その場所が好きで、居心地がいいと感じられて、そして集中して仕事や創作に取り組める「自分の居場所探し」は、このサイト「Dualizm:dual-life, dual-work」の一つのテーマである。

自分自身は「一日中家にいる」のができないタイプだ。毎日お散歩が必要なワンコと同じように。

一つの場所にとどまっていられないし、飽きちゃう。

それなら、生活や仕事の拠点を複数持つ「二拠点生活(デュアルライフ )」を実現すれば、その時々の気分にあった場所で仕事や勉強を進められて人生が楽しくなるんじゃないか、とという仮説がこのサイトの根本にあります。

しかしながら、今の自分や大多数の人は、一拠点生活のはず。

自分の家は一つであり、自分の部屋も一つしかない。(もしかしたら、自分専用の部屋すらないという人もいるかもしれない)

このページでは、他に逃げ場のない「自分の部屋」という場所で集中して勉強する難しさと向き合いながら、それを乗り越えていく過程を記していきます。

前置きが長くなってすいません

これまでの自分自身の人生の中で、いかに自分が家で集中できなかったかということを書いていたら、2500文字近くなってしまいました。

「家で集中できない」と検索すれば、「家で集中する5つの方法!」みたいなページがたくさんヒットする世の中です。

家で集中するための手っ取り早い方法を求めていた自分自身も、「家で集中する方法」で検索してヒットしたページをいくつも読み漁った経験があります。

「鏡を置くと、人に見られている感じがして家での集中力が増す」とか、「時間を分割して集中する」とか、一見手軽な方法はたくさんあります。

そんな方法をあれこれ試した結果が、前置きとして書いたあの有り様です。

「家で集中して 勉強/仕事 を進める」ことは、そういった小手先の問題では片付かない、非常に根深い問題であると思うのです。

あれこれ頑張れば、1日くらいは家で集中して10時間勉強できるかもしれません。

自分自身も、「調子がいい」時は10時間勉強できたような日も何度かありました。

けれども、「家で集中する」ことを「習慣」レベルに落とし込んで継続的に成し遂げるのは容易ではありません。

家で集中することを継続的にできるようにするには、勉強/仕事 に対する目標設定のあり方、何気なくスマホを触ってしまう習慣をなくすこと、やるべきことへのモチベーションの持ち方、生活習慣の自律、などなど取り組むべきことが多岐にわたるように思います。

そして、毎日の小さな成功体験を積み重ねることでしか、「家でも集中して勉強できる体」を作ることはできないように思います。

そして、「家で集中できる体」を作り上げてそれを維持できれば、「毎日、自分の家でもこつこつと努力できる習慣」は一生の財産になるように思うのです。

家や自分の部屋で集中できない要因(自分の場合)

家で集中して勉強できる自分になるためには、家で集中できない要因は何なのか? この問題を解決するために、我々は何と戦わなけれいばいけないのか? ということを知っておく必要があると思われます。

自分自身の経験から、家で集中できない要因を洗い出していきます。

自分の部屋の孤独さ

学校や図書館カフェなら、席につけばすうっと集中スイッチが入るのに(いくばくかのスマホイジリタイムを経ることはあるが)、自分の部屋だとまったく集中が「降りてこない」。

部屋でまったく勉強できなかった頃の自分は、まさにこんな感じだった。

カフェなら、ざわざわとした感じで逆に集中できる。(脳科学的にも裏付けられているらしい)

学校や塾なら、だれかしら他にも勉強している人がいるから、何となく自分も勉強する気になる。

自分の部屋で勉強するということは、圧倒的な孤独と向き合うということなのだ。

どれだけ勉強をするという決意を固めたり計画を立てたりしても全く守れなかった自分の経験から、「人間は基本的に意志が弱く、楽な方に流される生き物だ」ということを身をもって経験してきた。

そして、これからの人生でも同じような失敗と罪悪感を何度も味わうのだろう。

今のご時世、自分の部屋で勉強することにこだわらなくても、図書館や塾、カフェ(あんまりよろしくない)など、孤独と向き合わずに勉強を進められる環境が揃っている。

このページでは、「世界で一番自分が孤独になれる自分の部屋という場所で、いかにして勉強や仕事、創作に集中できるか」ということについて書いていく。

そして、自分の部屋で怠惰になってしまう自分を手なずけるのは容易ではない。

自分の部屋で勉強することにこだわっていない人は、素直に自分の弱さを認めて他の場所で勉強すればいいと思うし、「自分の部屋で勉強できないこと」を悩んでいた過去の自分自身にもそう伝えたい。

「集中できる完璧な部屋」を追求してしまう

自分の部屋で勉強して15分くらいすると、家具の配置や窓の向き、窓からの景色や日の射し方、部屋の空気や温度など、ちょっとしたことが気になってきてしまう。

これは、図書館やカフェなどの空間と違って、自分の部屋のレイアウトや空調はすべて自分でカスタマイズできるという自由さゆえに生じてしまうものだ。

そして、自分の部屋で集中できないときに限って、「より集中できる完璧な部屋」を作り上げようとして、部屋を掃除してみたりレイアウトをあれこれいじっているうちに、勉強が一向に進まず時間だけが過ぎていくのだ。

部屋で集中することに慣れていない、そういう体になっていない

これこそが、部屋で集中できない最大の原因だと思っている。

以前、お笑いのバカリズムがすべらない話で披露していたトークに、「トイレに行くのが面倒で、リビングでテレビ見ながら放尿しようと思ったら、最初はなかなかできなかった。それを乗り越えて放尿すると、背徳感と快感が入り混じった、今までにない感情があった」というものがある。

たぶん、トイレ以外の場所でトイレができないのと同様に、自分自身の脳や体が決まった場所でしか勉強できないようになってるんだと思う。

確かに自分自身、高校の図書館ならある程度勉強できたのに、大学に入学した当初、大学の図書館では全く勉強できなかった。

これは、自分自身の弱さとして片づけるんじゃなくて、「誰しもそういうもんなんだ」と割り切って、少しずつトレーニングしていくしかない。

「部屋を掃除してカスタマイズすれば集中できる」という行動によっておこる結果は、部屋がきれいになるだけだ。

部屋をきれいにした状態でいざ机に向っても一向に集中できないのは。やはり自分が「そういう体」になっていないからだ。(意図せず駄洒落になってしまった)

だから、部屋の大掃除でもする前に、「集中できなくても、とりあえず5分」勉強して、小さな成功体験を作ってしまった方が手っ取り早い。

スマホや漫画など、気を散らすものが置いてある

僕自身、「部屋なら集中できない。気づいたらスマホ触って一時間たってしまった」という失敗をこれまで数え切れないくらいしてきた。

けれども今なら、部屋にスマホが置いてあっても普通にやるべきことをやり進められる。

現に、この文章を書いているのは自分の部屋だし、すぐ手の届くところにスマホが置いてあれば、背中に漫画や本だってあるし、テレビとゲームだって置いてある。

自分の部屋で勉強できるようになってしまえば、自分の部屋に漫画やスマホがあってもそんなに気にならないし、むしろちょっと疲れたときに適度な息抜きとして楽しめている。

一時期、「集中できる部屋を作るために、実家の部屋にある誘惑を何もかも弟の部屋に移した」とい愚行を犯したことがある。

これもやはり、「部屋をいじることは、部屋で集中できる自分になることとは関係ない」という説と同じだ。

自分の部屋にある漫画をダンボールに詰めて撤去するという極端な行動に走るだけのエネルギーがあるならば、とりあえず5分でもいいから、ノートと問題集を開いて問題を少しだけ読んでみたまえ。

過去の自分に口ずっぱく言いたいのは、的外れなノウハウに乗っかってしまうくらいなら、少しでも「小さな成功体験」を積み重ねろということだ。

食後に超絶眠気が襲う

自分自身の経験上、お昼ご飯や夜ご飯を食べた後は、それまでスムーズに勉強できていた集中力がきれいにふっとぶ。

(もし、食後でも全然勉強行けますという体質の人は、この項目は飛ばしてください。)

「ご飯休憩は一時間だけ」と決意してキッチリ一時間後にし机に戻ったとしても、全くと言っていいほど集中が戻ってこない。

特に、週末家で勉強していた午後に集中が落ちるのは、食後の満腹感による眠気と、バイオリズム的な要因が重なるためらしい。

適度な雑音があり、ベッドに横になることができないカフェでの作業なら、食後だったとしてもなんだかんだで勉強や仕事を進められたりもする。

会社での昼食後は、上司やほかの社員のプレッシャーも感じるから、家にいるときほど眠くならない。

「食後」という集中力が落ちる時間帯を、家というノープレッシャーの場所で過ごしていると、どうしても眠くなる。

「自分の家で勉強できる体質」は、「食後に眠くなる体質」に勝つことはできない。

これには何か別の対策が必要だ。

ベッドが近くにあり、仮眠しよう入って失敗する

食後は、心なしか自分に甘くなってしまう気がする。

昼ご飯を食べるまでは、「食後に決してベッドに入るものか」と決意していても、ご飯を食べると平気で手のひらを反して自分の決意を破ってしまう。

「食後は眠いから、30分だけベッドで仮眠してから勉強しよう」という目論見になるのだが、これが失敗への始まりだ。

僕の場合、iPhone でアラームを30分後セットしたとしても、僕の場合は確実に二度寝してしまう。

そして、30分のつもりの仮眠が、気づいたら3時間経っていたということが僕には何度もある。

そうやって仮眠で「失敗」してしまうと、現実逃避に走ってしまってそのあとの勉強が嫌になる。

いつでも寝れてしまうベッドが近くにあることは、自分の家で集中できない大きな原因だ。

カフェや図書館で勉強すれば、ベッドで仮眠して失敗するリスクは避けられる。

夕方まで昼寝リスクがない外で勉強するほうが、トータルで見て長い時間勉強できた、ということが何度もあった。

家族との関係が、家で勉強できない理由にも

もしあなたが受験生で、ちゃんと気を遣ってくれるタイプの家族なら問題はないだろう。

そんなタイプの家族と住んでいるのであれば、だれもいなくてだらけてしまう自分の部屋で勉強するよりも、リビングで勉強するほうがかえって捗るかもしれない。

しかしながら、特に土日は父がリビングでごろごろしていて、一日中テレビがつけっぱなしで気が散ってしまったり、下のきょうだいが家に友達をよんで騒がしいこともある。

それに、家で勉強しているにも関わらず「洗濯物入れといて」的な家事を押し付けられる時だってあるはずだ。

僕はもうちょっと別の理由で、家族がいる家で勉強するのが嫌だった。

先ほども述べたように、僕は昼飯を食べた後は必ず眠くなって、ついついベッドに入ってしまってしまうダメ人間だ。

なので受験勉強の頃は、「昼飯食べて眠くなるんだから、昼飯なんて食べない」と決意して勉強していた。

これの方法で図書館や学校で勉強していると、午後になっても眠くならない効果があった。

しかしながら家にいると、母がご飯を作ってくれる。

しかしながら僕の母は、「ご飯を作りたがり」であり「食べさせたがり」の母で、「お昼抜かずにしっかり食べなさい!」というタイプだった。

だから、家にいると昼飯のタイミングになると必ず食べるように呼ばれるし、昼飯を拒否すると体調を心配されたり、せっかく作ってくれた向こうを傷つけてしまったり、色々面倒なのだ。

だから、眠くなる最大の原因である昼飯が必ず出される自分の家は、それほど勉強に適した場所じゃなかった。

「自分が頑張って勉強しているところを、家族に見せるのが恥ずかしい。家で頑張っている姿を家族に見せて期待させておいて、それでいて受験に落ちたら恥ずかしい。それなら、外で勉強したい」という人もいるだろう。

自分自身の思春期を思い返していて、そんな気持ちも思い出した。

このように、それぞれの家族に当てはまるであろう言葉にできないような微妙な関係性が、家で集中できない理由になっているということもあるのだ。

家で集中するためには「正しい目標設定」が必要

まずは場所にこだわらずに勉強すること自体が大切

別に、ある程度の時間を勉強に確保できている、勉強の習慣ができているのであれば、その場所が家であれ外であれ、どこだっていい。

塾で1時間勉強するのだって、カフェ1時間勉強するのだって、でコンビニとかのフリースペースで1時間勉強するのだって、(マナーの良し悪しはあれども)そこで集中モードに入れているのなら場所は関係ない。

「何が何でも、家で勉強しなければならない」という固定観念は捨てないといかん。

家で集中するのは、他の場所ほど簡単じゃないことを心得ておく

繰り返しになるけれど、家で集中する以前に、まず大切なのは勉強したり集中したりする習慣が日々持てているかどうかということ。

そして、もうひとつ重要なのは、自分の家というのはどうしてもだらけてしまう場所であり、外で勉強するのがよっぽど簡単だということを自覚しておくこと。

物事は往々にして、ひとつづつ確実に手を付けて完成させていくのが最短であることが多い。

自分の習慣作りだって同じだと思う。

そもそも勉強する習慣がないのにいきなり家で勉強するのは、「勉強する」ことと「家で集中する」ことの2つのステップをいきなり超えることになる。

だからこそ大切なのは、「家で集中して勉強できる自分」になるためのステップをできる限り分解して、無理なくつまずかないようにすること。

まずは、外でもいいから勉強しやすい環境で勉強することを身に着けること。そのあとに、家でも集中できるようにすることが大切だ。

家で勉強するメリットを自分の中で見つける

繰り返しになるけれども、受験生ですでに塾で8時間勉強できているような人は、無理に家で勉強する必要はない。

そんな人は、家はリラックスする場所としていた方が、オンとオフにメリハリがついていいと思う。

けれども、僕のような大学生や大人になってしまうと、「塾」のような集中することに特化した場所をなかなか気軽に利用できなくなる。(学生時代に塾のお金を支払ってくれているのは、言わずもがな両親だ)

すでにカフェで集中して作業する習慣が確立されている人は、(カフェで長時間勉強するマナーの是非は脇にに置いて)そのままカフェを使えばいいと思う。

家で勉強することは人間にとってはハードなことであり、その困難さを受け入れてでもそこで勉強しようとするためには、そうすることのメリットを自分の中で持っておく必要があると思う。

僕にとっての家で集中するメリットは、「毎週末、空いているカフェを探すために歩いたり移動したりしてエネルギーを消耗するのをやめる」「カフェ代をできるだけ減らして、貯金する」「朝起きたら、すぐに家で作業に取り掛かれるようにする」「夜寝る前に家にいる時間でも、少しでも作業を進められる習慣を作る」というものだ。

日々の小さな成功体験で、家での集中時間を伸ばしていくしかない

自分自身が、意志の弱い人間だということは、これまでの人生から何度も思い知らされてきた。

そして、どんなに決意を強く固めたとしても、「意志の強い完璧な自分」に生まれ変われるわけじゃないということも理解しているつもりだ。

「家で集中して勉強するための、もっとドラスティックな方法」を期待していた読者には申し訳ないけれども、僕が家で集中して作業できるようにした方法は、「毎日ちょっとずつ、家で集中できる時間を増やす」ことだ。

まず初日は、「絶対に失敗しない目標設定」を心がけて、「1日30分、家で集中する」ことを目標にした。

ものすごく小さな目標だけれども、家で勉強するのがゼロだった人が30分できるようになったのは、大きすぎる進歩だ。

それに、小さな目標設定でも、クリアしたときの達成感や自信はものすごい。やっぱり、「小さな成功体験の積み重ね」が大切なんだと思う。

30分がクリアできたら、次の日は10分だけ伸ばして40分を目標にする。

そうやってちょっとずつ家で集中する時間を伸ばしていく。

大事なのは、自分に期待せず、「絶対に失敗しない目標」にすることだ。

だんだんハードルが上がってくると、目標が達成できない日もある。

そんな日は、またハードルを下げて少し低い目標からやり直すのだ。

絶対に達成できる目標を立てたにも関わらず「連敗」することは、何が何でも避けないといけない。

あ、書くのを忘れていましたが、その日の勉強時間の目標と、その日どのくらい家で勉強できたのかという成果を、ノートやスマホなどに記録しておくのを忘れずに。

自分の立てた目標に対して、達成できたかどうかは絶対にチェックしなければならない。

目標時間が増えても、意外と簡単に乗り越えられる

「小さな成功が」が積み重なって、短時間であれ家で勉強する習慣ができたならば、家でが5時間とか勉強するのもそんなに大変じゃない。

家で30分集中できるという成功体験と自信があれば、5時間勉強するためには、それを10回やればいいだけだ。

人間の集中力は、長く続いて数十分。一息で5時間勉強する必要なんてない。

それに、毎日の目標と実績を記録していくと、自分が家で一回当たりどのくらい集中できるのかがなんとなく見えてくる。

自分の集中持続時間を把握しつつ、あとはその回数を1回、2回… と少しずつ増やしていくことで、勉強時間を増やすことはそれほど大変ではなくなる。

「家で10時間集中する」必要なんてない

「一日10時間勉強しました!」というのは、あくまで机に向き合っていた時間であって、実際に集中できていた時間は6時間くらいしかないと思う。

それに、家とは本来的に集中できない場所だ。

受験生の頃は塾の自習室の缶詰にされて一日10時間勉強できた経験があったとしても、家で10時間も頑張る必要なんてない。

多くても6時間くらい集中できたらOK、というラインを自分の中で勝手に引いている。

10時間という目標を立てて8時間しか勉強できないよりも、6時間勉強するという目標を立てて、それを確実にやり遂げる方がよっぽど価値がると思うからだ。

ここでも、「達成できない誇大な目標を立てるくらいなら、確実に達成できる小さな目標をクリアすること」に重きを置いている。

家でだらけて全く何もできなかったときの自分から見たら、6時間集中できるようになった自分ははるか高いところにいるはずだ。

カフェを使うことをゼロにしたわけじゃない

冒頭でも述べたように、僕には「ご飯を食べた後、致命的に眠くなる」という体質がある。

そんなときに自分の部屋にいたら、目の前にあるベッドに真っ先に飛び込んでしまう。

30分だったはずの仮眠が気づいたら3時間経っていた…ことになり、罪悪感を覚えて現実逃避をしてしまう。

ここで、自分にとって何が大切なのかという優先順位を思い出すと、「家で勉強すること」より「昼寝で失敗して、罪悪感を覚えるのを回避すること」の方が大切だ。

だから、お昼ご飯を食べた後は、家にいるとベッドに入ってしまうから、気分転換に外に出かけたり、カフェで作業するようにしている。

家で勉強できるようになってこそ、「カフェでしか勉強できない自分」から「自分のコンディションに応じて、カフェをうまく使いこなせる自分」に変わることができたのだ。

冒頭で、「このサイト Dualizm : dual-work, dual-life は、自分の家以外にも生活や仕事の拠点を複数持てば、一つの場所に囚われることなく生活が豊かになる、というアイデアが根本にある」ということを述べた。

自分の部屋で勉強や仕事をメインにしつつ、時には気分転換として僕の「もう一つの拠点」であるカフェを使う。

これによって、広い意味で dual-life を実現できている気がする。

カフェ(あるいは、図書館)と自分の家という二拠点で勉強や仕事をするという習慣は、自分の家というメインの拠点での有り方を見つめ直すことで実現できた、ということが重要なのだ。

家で集中できるようになった後の変化

どんな場所よりも、家で集中するのは難しい。家で集中できるようになったことで、他の場所での集中力も上がった気がする。

これはきっと、家で集中することを少しずつトレーニングしたことで、「集中する筋肉」的なものが鍛えられたからだと思う。

家には娯楽がたくさんある。何気なくテレビを見てしまったり、スマホの充電もWi-Fiも使い放題だから、はまってしまうと歯止めが利かない。

けれども、少しずつでも家で集中する習慣が持てると、テレビやスマホや漫画などのコンテンツをだらだらと受動的に見て時間をもてあそぶことが少なくなったと思う。

それに、「今の状態なら、少し頑張れそうだな」という時は、スマホやテレビを中断して勉強をすることに向かえるようになった。

 

家は勉強するのにそんなに適さない場所であり、別に勉強場所を家にこだわる必要はない。

それでも、家で集中するという「選択肢」を持てていることは、それなりにメリットも感じたし、人生が少しいい方向に進んでいるという実感も持てるようになった感じる。